毎分一五〇〇リットルもの湧出量を誇る祖谷温泉の湯元は、渓谷の底にあった。祖谷の激流にせり出すようにして造られた男女別の大きな露天風呂。三九・二度のぬめりのある単純硫化水素泉が豪快に岩風呂に注ぎ込まれる。白い湯の花が浮いた湯船は白濁して見える。このあり余る湯を一滴の水も加えることなく、また沸かしもせず、源泉一〇〇%のまま堪能できる祖谷温泉は、同じ四国の道後温泉にも劣らない名湯といえそうである。渓谷の底へはケーブルカーで一直線に下る。
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一七〇メートル、四二度の急傾斜、五分間のアドベンチャーである。それにしてもこれほど野性味あふれるロケーションの風呂はそうないだろう。険しい山肌が迫った谷底から見上げる狭い空のずいぶん高いこと。湯は四○度を割るからややぬるいが、ここまで来て、せくことはないだろう。ゆっくりと幽玄の興に浸りたいもの。温泉は熱いよりぬるめの方がいい。長湯するとそれだけ温泉成分が皮膚から吸収されるからだ。カラスの行水ではとてもこころの湯あみなど無理だろう。ちなみに硫黄臭のする祖谷の湯は、慢性皮膚病、糖尿病、婦人病などに効くという。四国山地の主峰、剣山を源とする祖谷川が削ったV字に深く切れ込んだ渓谷は、うっそうたる樹海に覆われ、人間を容易に寄せつけようとはしない。平家の落人伝説で知られる剣山国定公園祖谷渓−。そのシンボルともいえる祖谷川に架かる「かずら橋」は、自生するシラクチカズラを編んだ吊り橋だ。長さ四五メートル、幅二メートル、水面からの高さ一四メートル。三〜四年ごとに架け替えるとはいえ、私にはとても渡れそうにない。このかずら橋の下流の断崖に、場違いとも思える立派な建物が一軒ある。西日本屈指の秘湯、祖谷温泉「ホテル祖谷温泉」である。平地がないため、巧みに断崖を利用して建てた鉄筋六階建てだ。それだけに眺望には凄みすら感じられる。うれしいことに、湯あがりに出された夕食はすべて地場のものでまかなわれていた。吉野川で育ったアユ、アメゴ、ワラビ、ゼンマイ、ウド、キノコなど、四季の山菜。もちろん名物祖谷そばに、祖谷コンニャクの刺身も並ぶ。「そば米雑炊」も人気だという。これは玄そばの殼を取り、ゆがいたもので、豆腐、シイタケ、エノキ、白菜などが盛り込まれていた。そば米を入れた吸い物も、祖谷の厳しい歴史を伝える味である。